『田舎暮らしの本』(宝島社)2011年4月号より転載
川口由一さんに教わる自然農
耕さない畑の
つくり方
全国各地に広がる
川口式の自然農
田舎暮らしや自給自足を目指す人たちだけでなく、有機無農薬栽培のプロの農家も関心を寄せている「自然農」。その中心になっているのが、奈良県桜井市に住む川口由一さんだ。
代々農家だった川口さんは、中学卒業後に家業を継いで、農薬や除草剤を使った農業を二〇数年間営んでいたが、あるときから体の不調を訴えるようになる。けれども、病院に行っても原因はわからなかった。
「悩んでいたころに、有吉佐和子さんの『複合汚染』や福岡正信さんの『わら一本の革命』に出会いました。それで、今までの農法から切り換えたんです」
ところが、最初の二年間はお米がまったく収穫できなかったそうだ。いろいろ悩んだ結果、直まきをやめて苗を育てて移植する従来の方法にしたら、うまく育つようになった。このことから、川口さんは「放任」ではなく、あくまでも「栽培」する認識が必要だと気づく。
川口式自然農は「耕さず、肥料・農薬を用いず、草や虫を敵としない」という三原則がある。人間が余計なことをしないで自然の営みに任せれば、自ずから豊かになっていくのだ。
機械を使えば自分の作業は楽だが、その機械を生産したり燃料を調達したりする労力を考えると、実は手作業がいちばん効率がいい。鎌が一本あればだれでもでき、命の営みに寄り添う自然農は、永続可能な農のあり方として注目されている。
現在、全国各地に四〇か所以上の“自然農塾”があり、奈良県と三重県の県境に広がる「赤目自然農塾」では、毎年四〇〇名以上の人が自然農を学んでいる。
川口由一
かわぐち・よしかず●1939年、約8反歩の田畑を耕作する農業と、養蚕・製麺を副業とする日本の平均的な農家の長男として生まれる。農薬・化学肥料を使った農業で心身を損ね、いのちの営みに添った農を模索し、1970年代半ばから自然農に取り組む。著書に『妙なる畑に立ちて』(野草社)、『自然農−川口由一の世界』(晩成書房)などがある。
●耕さない
大地を耕すことは不自然なこと
たくさんの生命が生きる舞台を壊すのはやめよう
耕すことでさまざまな
問題を招いている
耕さないことは自然農の基本であり、自然界の姿と同じ。大地を耕せば、そこにいる多くの生命たちを殺すことになる。
「全面的に耕すと一時的に土がふかふかになりますが、すぐに土が固くなります。だから、一度耕すとまた耕さないといけない悪循環に陥るんです」
耕さなければ草の根が張って土が柔らかくなるし、そこに虫や小動物のフンや死骸が積み重なってさらに豊かになる。草や虫たちが生命活動を全うして、次の命の舞台として循環していくのが、自然な姿でもある。
また、地表の草を刈って敷いておくことで“草マルチ”の効果が生まれ、土の乾燥を防ぎながら野菜以外の草の発芽を抑えられる。敷いておいた草はやがて朽ちて栄養分になる。川口さんはこの状態を、草や虫たちの「亡骸の層」と表現している。
自然界では全面的に耕すことはないが、野生動物が部分的に掘り起こすことはある。そう考えると、畝の修復のために土を被せたり、ジャガイモの収穫で掘り起こしたりするのは問題ない。言葉にとらわれずに、自然界の姿に学ぼう。
●肥料・農薬を用いない
だれも肥料や水をやらないのに
山の木の実はなぜ毎年実を付けるの?
必要なら少し手を貸し
余計なことはしない
自然界を見るとわかるように、だれも耕したり肥料を与えていないのに、木は大きく育ちやがて森になり、山菜やキノコは毎年のように生えてくる。病虫害が発生して枯れてしまうこともない。お米や野菜も同じように、自然の営みに沿うように育てればいいのだ。
ただし、従来の畑から自然農に切り換えると、地中の養分が足りずに作物がうまく育たないことがある。そのときは必要に応じて米ぬかや油かす、草、生ゴミ等を補うとよい。これを外から持ち込む「肥料」と思わずに、生活の中から出たものを畑に循環させると考えよう。
土にすき込む必要はなく、上から振りかけたり、苗の近くに置いておくだけでいい。ゆっくり分解されるため、病気や虫害も出にくい。そのうち土が豊かになって、何も補わなくても元気に育つようになるはずだ。
肥料を与えると野菜は大きく立派に育つものの、そのぶん味も薄くなってしまう。実は肥料分でふくらんでいるだけで、作物の持つ本来のエネルギーは変わらない。見た目にとらわれずに、本来の味を確かめよう。
●草や虫を敵としない
草を「雑草」と分類するのは人間の都合
生態系のバランスが取れていれば「虫害」もない
生命たちの営みが
豊かな田畑をつくる
野菜も草の仲間なので、厳しい環境では育たない。そういう場合は、最初にイネ科やマメ科のものを蒔くといい。草が生える環境ができれば、自然は少しずつ回復していく。
「草が小動物を生かし、小動物が作物や草を生かして、一体の営みをしています。お互いに欠かせない存在なんです」
雑草の「雑」というのは、あくまでも人間の都合で分けているだけ。同じように、自然界に「害虫」はいない。自然の生態系のバランスがとれているときは、病気や虫害は発生しない。人間の都合で肥料分を補い過ぎたり、草を刈り過ぎたりすると、バランスが崩れて病気になったり虫が集まってくるのだ。
自然農は種を蒔いて草刈りもしない放任栽培だと思われがちだが、実際にはきちんと栽培できるように最低限の管理をしている。野菜と草が同時に芽を出すと草の勢いに負けるので、野菜の生育を助けるために地表の草を刈る。特定の虫が大発生したとしても、それを食べる天敵がやって来て、自然にバランスを取ろうとするし、病気が発生したときもすぐに対処するのではなく、作物の生命力に任せて見守るほうがよい結果になる。