『誰でも簡単にできる! 川口由一の自然農教室』 おわりに

 川口由一さんの自然農のことを知ったのは、1997年に公開された映画『自然農 川口由一の世界 1995年の記録』(製作・グループ現代)だった。奈良盆地に広がる桜井市の田畑を舞台に、1年以上の長期間にわたって取材し、自然の営みの中で何が起きているのかを克明に記録した長編ドキュメンタリーである。初めて目にする自然農の田畑は、一面に草が生え、そこで野菜やお米がきちんと育っていた。虫や蝶や動物たちも姿を現し、それまでの田畑のイメージとはまったく違っていた。
 自然農は、耕さず、肥料・農薬を用いず、草や虫を敵としない。それはつまり、競争の世界ではなく、お互いが共存している世界。1枚の畑のなかは、野菜のほかにさまざまな草が生え、草を好む虫もいれば、虫を食べる小動物も存在し、活気にあふれている。共存社会では、だれかを打ち負かそうとか、出し抜こうということはなく、すべての存在がお互いを支え合っているのだ。
 また、赤目自然農塾では、生きることすべてにおいて学ぶことが多い。自然農を通して野菜やお米を育てながら気づくことは、人間社会のなかで、どんな人も排除せずに、一人ひとりが自分自身と向き合ってそのあり方を問うことに通じている。
 川口さんをはじめとして、スタッフがやり方を押しつけないところもいい。毎月の学習会で川口さんやスタッフが作業を見せ、それを自分の田畑で実践するのだが、スタッフが巡回しているときに違うやり方をしていても、そのまま見守るというのだ。そこで間違いを教えてくれないのは冷たいような気がするが、押しつけないということは、自分で考えて解決していく、自立への第一歩なのかもしれない。

耕作放棄地で自然農を

 今、日本では耕作放棄地が増えて問題になっている。2010年の農林業センサスによると、日本の農地460万ヘクタールのうち、40万ヘクタールが耕作放棄地になっている。
 耕作が放棄されると、雑草や雑木が生え、病害虫の温床になったり、シカやイノシシなど動物が棲みついたり、さまざまな問題が起こってくる。そして、耕作放棄地になって荒れてしまうと、繁茂した雑草をすべて刈りつくしても地下茎が残っていたり、土壌に含まれる栄養素の割合が栽培向けでなくなったするため、農地として再活用することが困難だと思われている。
 ところが自然農では、耕作放棄されている期間が長ければ長いほど、自然環境が豊かに蘇っているので、すぐに田畑に戻して栽培を始められるのだ。まさに、耕作放棄地は「宝の山」なのである。
 一方、イギリスで始まった「食料を分け合おう」というムーヴメントが、周辺国に広がっているそうだ。これは、野菜や果実を公共の場で栽培して「食料を分け合おう」と書いた立て札を立てて、だれでも必要な人が持っていくことができるようにしたもの。人通りが多い場所、道路脇、公園、消防署の前、病院の芝生、市役所のパーキング、学校などに広がり、シェアの精神が培われている。
 日本でも、街路樹を果物に変えてだれでも食べられるようにして、公園の植え込みは畑にすればいい。従来の農法では難しくても、自然農ならすぐに栽培が始められる。耕作放棄地も全国各地にたくさんある。指導者が一人いて、自給したい人が通ってお米や野菜を作ればいい。たくさん収穫できたら、欲しい人に分ける。町から車で通えるくらいの範囲に荒廃農地があれば、かなりの人が野菜やお米を自給することができるのではないだろうか?

自然農の「種」を蒔こう

 今から30年ほど前に、川口さんは自然の営みに沿って生きる知恵の「種」を見つけた。大地に種を降ろせば芽を出して実を結び、次の子孫のためにたくさんの種をつくる。ひと粒のお米のもみからは、約1000粒のもみが収穫できる。同じように、自然農の種は少しずつ全国へ広がり、今では50カ所近くの学びの場があり、自給用はもちろん、専業農家として自然農に取り組んでいる人も多い。
 種を蒔くときは「正しい種」を選ぶことが大事。キュウリを育てたいのにニガウリの種を蒔いたら、苦いニガウリしか獲れない。お米を育てようと思っても、ヒエの種を蒔いたのではいつまでたってもお米は獲れない。「自然農の基本」を正しく理解しよう。
 次に、種を蒔く時期と場所にも気をつけなければいけない。夏に育つ野菜の種を冬に蒔いても芽が出ないし、湿気を好むサトイモを乾燥した畑に植えても育たない。自然農に出会う人にも、それぞれに応じたタイミングがありそうだ。
 この本で、初めて自然農の「種」を手にする人もいるはずだ。すでに持っている種を畑に降ろす人もいるだろう。あるいは、次の世代に渡す種を得る人がいるかもしれない。この本が、自然農の新しい「種」となって、多くの人の役に立ちますように。

平成25年2月 雨水のころ 新井由己

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